福岡地方裁判所 平成10年(わ)67号 判決 2000年3月27日
主文
被告人を懲役12年に処する。
未決勾留日数中560日を右刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成7年10月17日午後10時20分ころ,福岡市中央区春吉<番地略>○○***号室において買春客として売春婦である甲田花子(当時37歳)と性交渉をもとうとしたが,同女が被告人との性交を拒絶し,被告人が支払った買春代金の返還を拒否した上,被告人に文句を言ってきたことに激昂し,同日午後10時40分ころ,同所において,同女に対し,同室備付けのガラス製灰皿(重量約670グラム)(平成10年押第178号の8)で同女の頭部を1回殴打した。被告人は,右暴行により頭部から流血した同女を見てさらに興奮し,殺意をもって,多数回にわたり,同女の全身を足で踏み付け,白色木製テーブル(重量約10.4キログラム)(同号の10)及び同テーブルの脚(同号の11)で乱打するなどし,よって,そのころ,同所において,同女を,全身の体表及び体内損傷に基づく外傷性出血により死亡させて殺害した。
(証拠)<省略>
(争点に対する判断)
一 判示事実について,被告人は,一切身に覚えがないと供述している。そうすると,本件の争点は,被告人が犯人であるかどうかである。
二 証拠によって認められる客観的事実
1 被害者の発見と○○***号室の状況(甲23,25,30,35,37,90,116,125)
(一) 福岡市中央区春吉<番地略>所在○○(以下「ホテル○○」という)の客室清掃係である乙川春子は,平成7年10月17日午後11時ころ,ホテル○○***号室(以下「***号室」という)に清掃のため入った際,被害者甲田花子(以下「甲田」という)が同室寝室内で死亡しているのを発見し,同日午後11時19分,ホテル○○フロント係従業員丙山夏子(以下「丙山」という)により,甲田死亡の事実が警察に通報された。
(二) 甲田の死体は,***号室北側壁付近に右横臥の姿勢で横たわっており,顔面には多量の血痕が付着していた。死体の頭部及び大腿部が接する床面には比較的多量の血痕が付着していた。観葉植物の鉢は,当初部屋の北東角にあり,鉢カバーは同所付近に倒れて放置されていたが,鉢は部屋の中央部よりやや南西の位置に移動して倒れており,観葉植物の幹の部分(底部から約60センチメートルの高さ)に血痕が付着していた。また,右鉢からこぼれた土が,ベッドカバー上及びベッド西側の,寝室のほぼ中央部に散乱していた。テーブル上に備え付けてあったガラス製灰皿の破片もベッド西側同室中央部付近床上の他,宮台上,ベッド上に散乱しており,同破片には血痕が付着していた。死体付近の北側壁には,床面からの高さ約1メートルから約70センチメートルにかけて,約80センチメートルから約40センチメートルにかけて及び約65センチメートルから約60センチメートルにかけて,それぞれ幅0.6センチメートル前後の,計3か所の傷が存する。テーブル(白色,高さ45センチメートル)は,右の寝室中央部付近の土,血痕の付着したバスタオル及び灰皿破片を覆うように,ベッド西側に逆さまに倒れており,テーブルの表面,裏面,側面に血液が付着していた。テーブルの脚は付け根部の止め金ごと1本外れており,血痕及び毛髪が付着していた。ソファーにも血痕が付着していた。宮台の上にはホテル備付けの濡れたタオルがあった。
(三) ガラス製灰皿の破片及びテーブルに血痕が付着し,外れたテーブルの脚に血痕及び毛髪が付着していることからすれば,右灰皿,右テーブル自体及び右テーブルから外れた脚は,凶器として使用されたものと認められる。そして,死体が放置された北側壁の傷は,上から下に向かい,白色塗膜片が付着していること,テーブルは木製で白色であることからすれば,上からテーブルを振り下ろす暴行が被害者を目掛けて加えられたと考えられる。
テーブル,灰皿破片,鉢植えの中の土の位置関係からすれば,テーブルが最終的に逆さまに倒されて放置されたのは,灰皿が割れ,鉢が倒れた後である。また,枕付近の掛け布団上にも破片が散乱していることからすれば,ガラス製灰皿が割れたときには,掛け布団及びベッドカバーは枕付近ではめくれていなかったと認められる。事件前後の植木鉢の位置からして,何者かが植木鉢を移動させたと認められる上,ベッドカバー上にも土が散乱していることからすれば,移動方法は引きずるなどの方法ではなく,持ち上げるないし放り投げる等の方法によったと認められる。
2 被害者の死体の損傷状況(甲7,8)
甲田の死体には,多数の外傷(別紙1)及び右外傷に関連する体内損傷(別紙2)が生じている。また,甲田の死因は全身の体表及び体内損傷に基づく外傷性出血であるが,右損傷の内,心損傷が最も重篤な損傷である。
ガラス製灰皿,テーブル自体及びテーブルから外れた脚は,いずれも硬い鈍体であるから,別紙1記載の甲田の死体の外傷のうち,硬い鈍体が作用して生じたと認められる創傷(別紙1番号1ないし11,13,14,27,32,34ないし38)を発生させた凶器であると認められる。
また,圧挫傷,圧迫傷及び擦過傷(別紙1番号13ないし17,19,35,37,38)は,テーブルで押さえ付けるないし押さえ付けた後にずらす暴行が加えられて生じた可能性が高い。
一方,甲田の外傷のうち,鈍的外力が作用したもの(別紙1番号12,18,20ないし23,25,26,28ないし31,33,39,40)は,右テーブル等によるものとは認められず,手拳による殴打や,足による踏みつけ等の暴行による可能性が高い。
さらに,床の血痕付着状況及び多量の出血可能性の有る外傷が頭部に集中していることからすれば,甲田の身体は発見されたときに大腿部が位置していた部分に頭部を接触させた後,30センチメートル前後,東方に移動したと認められる。甲田の心損傷は,多数の肋骨骨折に起因するものと考えられるから,この骨折に関連する外傷が加えられるまでは甲田は死亡していなかった可能性が高い。一方,頭部の各外傷は直接死に至らしめるものではないにしても,そのほとんどが頭蓋骨骨折を来すほど強度な殴打によるものであるから,頭部外傷によって気絶して倒れる可能性も高い。したがって,頭部の外傷が肋骨骨折に関連する外傷よりも前に生じた場合には,一旦倒れた甲田の身体が移動する可能性も否定できない。
3 甲田の自他殺の別(甲8)
甲田の死体の状況は,前記のとおりであり,合計40か所もの外傷があること,肺の損傷の中には出血を伴わないものがあり,心停止後も暴行が継続していた可能性が高いことからすると,甲田の死亡は他殺によるものと認められる。
4 被害者のハンドバッグから財布がなくなっていた事実と財布の特徴(第6回公判調書中の甲田一郎の供述部分,甲35,71,72)
甲田は,本件当時,茶色革製ショルダーバッグを携帯していたが,その中に濃いベージュ色の,「UNITED POLO」とマークが入っている女性物折り畳み式財布を入れていた。また,甲田は右財布の中に爪楊枝を入れていることが多かったが,本件の2,3日前にも入れていた。右財布は折り畳み部分の下の方が黒く汚れていた。一方,本件発生後間もなく実況見分が実施されたが,現場に遺留された被害者のショルダーバッグの中からはもとより,***号室のどこからも被害者が携帯していた財布は発見されなかった。
5 ***号室の血痕の血液型及びDNA型と被害者の血液型及びDNA型(甲29,82,86,88,90,130)
(一) ***号室寝室に遺留されたホテル○○備付けバスタオル1枚及び***号室洗面所に遺留されたホテルサン備付けバスタオル1枚,タオル1枚(合計3枚)に付着していた血液の血液型は,いずれもABO式血液型でA型である。***号室洗面所に遺留されたバスタオル及びタオル付着の血液のホスホグルコムターゼ(PGM1)は,PGM11+1―型である。一方,***号室寝室に遺留されたバスタオル付着の血液からは,ホスホグルコムターゼ(PGM1)型でPGM11+2―型及びPGM11+1―型の双方が検出されている。
***号室洗面所遺留のタオル及びバスタオル付着血液のDNA型は,MCT118型で26-30型,HLADQα型で1.3-3型が検出されている。***号室寝室遺留バスタオル付着血液のDNA型は,ホスホグルコムターゼ型がPGM11+2―型の部位においてMCT118型で28-28型,HLADQα型で1.1-1.1型が,ホスホグルコムターゼ型がPGM11+1―型の部位においてMCT118型で26-30型,HLADQα型で1.3-3型が,それぞれ検出されている。
さらに,***号室洗面所遺留のタオル及びバスタオル付着血液のDNA型を検出したところ,TH01型で9-9型,LDLR型でBB型,GYPA型でAA型,HBGG型でAB型,D7S8型でAA型,GC型でAB型が検出された。***号室寝室遺留バスタオル付着血液のDNA型を検出したところ,TH01型で7-9型,LDLR型でBB型,GYPA型でAB型,HBGG型でBB型,D7S8型でAB型,GC型でAB型の部位と,TH01型で9-9型,LDLR型でBB型,GYPA型でAA型,HBGG型でAB型,D7S8型でAA型,GC型でAB型の部位の双方が検出された。
(二) 現場備付けのタオルはクリーニング済みであるから,タオル付着の血液は,甲田もしくは犯人の血液であると認められる。
(三) 一方,甲田の血液型は,ABO式血液型でA型,ホスホグルコムターゼ型でPGM11+2―型であり,DNA型は,MCT118型で28-28型,HLADQα型で1.1-1.1型,TH01型で7-9型,LDLR型でBB型,GYPA型でAB型,HBGG型でBB型,D7S8型でAB型,GC型でAB型である。
(四) したがって,犯人が1人であるとすれば,その血液型は,ABO式でA型,ホスホグルコムターゼ型でPGM11+1―型であり,DNA型はMCT118型で26-30型,HLADQα型で1.3-3型で,TH01型で9-9型,LDLR型でBB型,GYPA型でAA型,HBGG型でAB型,D7S8型でAA型,GC型でAB型であると認められる。
6 被害者の当日の行動状況(第4回公判調書中の丁野二郎(以下「丁野」という)の供述部分,甲12,25,41,64,65,71,72)
甲田は,平成7年10月17日午後8時ころ,福岡市中央区春吉の路上で,夫である甲田一郎と別れ,ホテル○○の南側にある△△公園に向かった。甲田は,同公園前路上に立ち,売春婦として客を待っていた。同日午後10時10分過ぎころ,同所をスクーターで通りがかった男性が,甲田に3,4分間話し掛けていた。右男性は,同所から一旦南の方向ヘスクーターに乗って去っていったが,2,3分後に再び戻ってきて甲田と話していた。右男性は,スクーターを押しながら,甲田と共に南側入り口からホテル○○に入って行った。甲田は,右男性と共に***号室に入室し,同日午後10時20分に入室処理がなされた。甲田は,同日午後10時38分,***号室からホテル○○フロントにいた丙山に対し,「私だけ先に出ますから」と電話をかけた。
なお,丁野は,甲田が同日午後8時30分ころ,ホテル○○から出てきて,△△公園前路上で客を待っていた旨供述している(第4回公判調書中の丁野の供述部分)。しかし,ホテル○○を同日午後8時30分前後ころに退室した客は,いずれも午後8時よりも前に入室していること(甲25),丁野はホテル○○のどの出入口から甲田が出てきたのかを明らかにしていないところ,丁野の立っていた位置からホテル○○の出入口全てを見通すことはできないこと(甲13)からすれば,丁野は甲田がホテル○○の方向から△△公園の方へ歩いてきたのを,ホテル○○から出てきたと思い込んで供述している可能性が高く,甲田が同日の午後10時20分以前にホテル○○に入ったとは認められない。
7 ***号室の死体発見直前の利用状況(甲25,41,64,65)
***号室は,平成11年10月17日午後9時17分に客が退室して以降,同日午後10時20分まで利用されていない。同日午後10時20分,甲田が男性と同伴して入室し,休憩料金3300円が支払われた上,同日午後10時55分に退室処理がなされている。その後,前記のとおり客室清掃係により甲田の死体が発見され,同日午後11時19分,警察に通報されている。
8 ***号室から出てきた人物の行動状況(第3回公判調書中の丙山の供述部分,甲41,65)
平成7年10月17日午後10時38分,甲田が丙山に対し,***号室から電話した後,同日午後10時55分間までの間に,フロント室内でブザーが鳴り,***号室のドアが開き,同室内から男性が出て来て,周囲を見回した後エレベーターに乗り,1階に降りてホテルフロント前を通って外へ出ていった。
9 丙山が目撃した人物の犯人性(第3回公判調書中の丙山の供述部分,甲25,35,41,65)
本件殺害が平成7年10月17日午後10時38分から同日午後11時19分までの間に***号室で行われたことは,間違いのない事実である。
一方,丙山の客観的視認状況は,以下のとおりである。***号室はホテル○○3階の南東角の部屋であり,廊下の北東角天井にモニターカメラが1機設置され,廊下の状況がフロントに設置されたモニターテレビにより監視できる。右モニターテレビは設置位置の関係で<番号略>号室及び***号室の扉は死角となっているが,エレベーター付近は映る。フロントは1階にあり,エレベーターの正面に位置しており,フロント窓からエレベーター扉までの距離は約1.8メートルである。また,客室の扉が開閉するとフロントに設置されたシステム盤のチャイムが鳴り,ランプも点灯するので,客の入退室状況をフロントで確認できる。客室ドアは,客が入室すると自動的に施錠され,フロントで仮解錠の操作をすると解錠された状態となるが,一度ドアを開閉すると再び施錠状態となる仕組みである。
丙山は,フロント内モニターテレビの映像及びフロント窓越しに男性を目撃している。丙山は,後記のとおり,同日午後10時40分ころ,フロント室内のブザーが鳴ったことで,***号室のドアが開いたことを確認して,フロントにあるモニターテレビで3階廊下の状況を見たこと,丙山が目撃した男性は<番号略>号室及び***号室の方向から歩いてきており,本件当時<番号略>号室は利用されていなかったことからすれば,丙山が目撃した男は犯人であると認められる。
10 丁野が目撃した人物の犯人性(第4回公判調書中の丁野の供述部分,甲12,65)
(一) 丁野は,大要以下のとおり供述している。
丁野は,売春婦仲間として被害者と知り合いである。
甲田は,平成7年10月17日午後8時過ぎころには,ホテル○○付近にいなかったが,同日午後8時30分過ぎころ,ホテル○○西側正面出入り口前路上にいた丁野と立ち話をした後,ホテル○○の南側にある△△公園の前に立って買春客を待っていた。丁野は,知人に同日午後10時に電話をかける約束をしており,午後10時前後ころ及び午後10時10分ころ,ホテル○○付近の公衆電話から知人に電話をかけた。
同日午後10時10分過ぎころ,甲田が立っている方向から甲高い感じの男の大きな声が聞こえてきたので,丁野はその方向を振り向いた。スクーターに乗ってきていた男が,甲田に対し一方的に3,4分間話し掛けていた。男は,一旦スクーターに乗って南の方向に去ったと思うが,2,3分後また甲田と話をしており,スクーターを押しながら,甲田と共に南側入り口からホテル○○に入っていった。
(二) 具体的出来事に基づき目撃時刻を供述していることから,時刻に関する丁野供述の信用性は高い。ホテル○○は,客が実際に客室に入室するときの扉の開閉時刻をもって入室処理をするところ,前記のとおり,犯人と甲田が***号室に入室した処理がされたのは,同日午後10時20分である。また,丁野が立っていた位置からはホテル○○の南側入り口を直接見ることは出来ないが,丁野が甲田及び男を目撃してから甲田は△△公園の方に戻ってこなかったのであるから,丁野が目撃した男は犯人であると認められる。そして,犯人がスクーターに乗っていたこと,犯人は甲田と話した後いったん甲田と離れたが,再び戻ってきて甲田と共にホテル○○に入ったことも認められる。
11 犯人の人数(第3回公判調書中の丙山の供述部分,第4回公判調書中の丁野の供述部分,甲12,25)
丁野供述からすれば,甲田と共にホテル○○に入った人物は1名で,丙山が***号室から出てくるのを目撃した人物も1名だけである。本件犯行が行われた時刻にホテル○○を利用した人物が甲田ら以外にも存在していたことは認められるが,犯行前後ころホテル○○を利用した客は,全て2人連れであった。ホテル○○は,客室扉の開閉があればフロント室内システム盤のチャイムが鳴り,丙山が気付くと考えられるところ,丙山が目撃した犯人が部屋を出た時以外には特段***号室の扉が開閉した事を窺わせる事情は証拠上認められない。したがって,本件の犯人は1人であると認められる。
三 犯人識別について
1 血液型及びDNA型について(甲93)
犯人は前記のとおり1人であるから,犯人の血液型は,ABO式でA型,ホスホグルコムターゼ型でPGM11+―型であり,DNA型は,MCT118型で26-30型,HLADQα型で1.3-3型でTH01型で9-9型,LDLR型でBB型,GYPA型でAA型,HBGG型でAB型,D7S8型でAA型,GC型でAB型である。
被告人の血液型及びDNA型は右犯人のものと一致している。血液型及びDNA型が一致する人間が1人しかいないとの証拠は無いから,右事実から被告人が犯人であると認められるものではないが,被告人を犯人と考えても矛盾しないものといえる。
2 目撃者による犯人識別供述
(一) 丙山供述による犯人の特定
(1) 丙山の公判廷における供述(第3回公判調書)の概要
丙山は,本件発生当時,ホテル○○のフロント業務に従事していた。平成7年10月17日午後10時20分ころ,***号室に客が男女同伴で入室した。入室の17,8分後,***号室からフロントに,女性の声で「私だけ先に帰ります」と電話があり,***号室ドアの仮解錠の操作(1回に限り自由に扉の開閉が出来る措置)をした。その後丙山はトイレに行き,戻ってきた後,フロント室内システム盤のランプが点灯し,チャイムが鳴り,***号室のドアが開けられたことが分かった。室内の飲み物消費料金を支払わずに退室するのではないかと不信感を抱いて,フロントのモニターテレビで3階廊下の状況を見ると,パーカーの袖の中に両手を引っ込め,左右を窺う様子で犯人が歩いてきて,周囲を見回した後エレベーターに入った。犯人が後ろ向きで後ずさりながらエレベーターから降りてくるのを,フロントの窓口から見た。丙山が「お客様,お帰りでしょうか。」と声をかけると,犯人は体をぴくっとさせたが,何も答えず,丙山の方を見なかった。丙山が,再度「***号のお客様,お帰りでしょうか,お飲物,何か召し上がってませんでしょうか。」と声をかけると,犯人は,体の向きは変えず,顔だけを右後方に向け,「何もなか。」と怒鳴りつけてホテル○○西出入り口から外に出ていった。
犯人は,紺色で裾の位置が膝くらいのフード付きのパーカー及びパーカーよりも色が濃いジャージズボンを着ていた。犯人の体格はがっちりしており,年齢50歳前後くらい,身長170ないし175センチメートルであった。犯人の声は野太いがらがら声であった。また,犯人の眉は太くてへの字型をしており,顔はえらが張ったような感じで浅黒く,目つきは鋭く血走っていた。頭髪は五分刈りであった。平成10年1月28日,丙山を面割り識別者とするラインアップ方式による面割り捜査が行われた(甲27,28)。丙山は,面割り対象者10人を正面から見たとき,その中から犯人と似ている人物として被告人他1名を選び出したが,右方向から見たときは,目撃当時に見た顔が浮かんできて,顔の輪郭,特に顎の部分及び太くて濃いV字型の眉からして,犯人は被告人に間違いないという印象を持った。丙山は,面割りに先立ち,被告人が逮捕されたとのテレビ番組で被告人の写真を見たが,その時の印象が面割りの時に印象に残っていたことはない。
(2) 丙山の平成7年10月18日付け警察官調書(甲64)の供述要旨
平成7年10月17日午後10時40分ころ,***号室のドアが開けられたことが分かり,フロントのモニターテレビで3階廊下の状況を見た。コート様の上衣を着て,袖の中に両手を引っ込めた犯人が歩いてきて,エレベーターに入った。エレベーターから降りて来た犯人を,フロントの窓口から見た。犯人は,年齢50歳くらい,身長170センチメートルくらい,顔の輪郭は4角,眉毛が濃く,髪は五分刈りで,青色のハーフパーカーと紺色ジャージズボンを着用していた。丙山が「お客さん,もうお帰りですか。」と声を掛けると,犯人は丙山から顔を背けるようにした。さらに,丙山が「お客さん,冷蔵庫の中の物,何かめしあがっていませんか。」と言うと,犯人は丙山を睨み付け,「何も飲んでない。」と怒鳴りつけてホテル○○から出ていった。そこで,丙山は***号室に電話をかけて応答が無いことを確認した上,同室のチェックアウトの手続を取り,メーク係に部屋の掃除を指示する手続を取った。
(3) 丙山の平成7年10月24日付け警察官調書(甲65)の供述要旨
女性からフロントに電話があったので,女性が帰れるように***号室の扉を仮解錠してトイレに行った。右電話の約10分後,システム盤のチャイム音及びランプ点滅により,***号室の扉が開いたことが分かった。この直後,モニターテレビで同ホテル3階の廊下の様子を見ていると,コート様の上衣を着た両手首の無い感じの犯人が東側から歩いてきて,エレベーターに入った。フロントの窓から犯人を見たが,年齢50歳くらい,身長170センチメートルくらい,顔の輪郭は四角で頬が出ており,眉は濃く,形は怒ったようにつり上がっており,頭髪は五分刈り,裾が膝より上の紺色ハーフパーカー及びこれより薄い色の紺色ジャージズボンを着用し,両手首を袖の中に入れ込んでいた。犯人が出ていった後,退室処理をしたが,その時刻は午後10時55分であった。
(4) 丙山の公判供述の信用性
丙山は本件につき何らの利害関係も有さない第三者である。目撃当時の丙山の視力は1.5以上であり,エレベーターとフロントの窓口との距離は1.8メートルである。また,「私だけ先に帰ります」との電話の後しばらくしてから***号室の扉が開いたことに不信感を持ち,室内の飲み物等を飲み逃げされないよう犯人に声を掛けていることからすれば,丙山は犯人を意識的に観察していると言える。このような事情からすれば,丙山の供述は信用性が高いとも思える。
しかし,丙山の公判供述のうち,目撃した人物が被告人であるとの部分は,以下のとおり容易に信用できない。
まず,丙山は,公判で,犯人の顔の特徴として眉が太く,への字型をしていたと供述する。しかし,平成7年10月24日付け警察官調書では,眉は濃く,形は怒ったようにつり上がっていると供述しており,変遷している。丙山は,公判で供述するまで,ずっと目撃当時の犯人の顔の印象を覚えていると供述するが,丙山は平成9年3月ころ,被告人の写真を初めて見せられたときには,目撃した人物であると断定していない。また,丙山は,平成10年1月28日に実施されたラインアップ方式による面割の際,被告人の他別の1人も犯人と似ていると供述しており,被告人が犯人であると断定していない。さらに,右面割直後に作成された検察官調書において,被告人について犯人と比較して体格がよく,顎がしゃくれている感じがすると供述している(甲26)。ところが,犯人視認後2年以上経過した公判供述に至って被告人が犯人であると断定している。右のような供述経過は,人間の記憶は一般に時間の経過により曖昧になっていくことにかんがみると,不合理である。
また,丙山は,被告人が逮捕され,釈放されていないからには被告人が犯人であるとの証拠があると考えていたと公判で述べていること,右面割の前にテレビで被告人が逮捕されたとの写真映像付きのニュースを見ていたことも認められ,丙山が被告人を犯人であると思い込んだ可能性を否定できない。
さらに,犯人はエレベーターから後ろ向きに降りてきたのであって,丙山が犯人の顔を見た時間は1,2秒に過ぎない。
以上の事実からすれば,犯人は被告人に間違いないとの丙山の公判供述は信用することができず,同人の供述のみをもって被告人が犯人であると認定することはできない。
一方,公判で丙山は犯人の服装の色及び上衣の裾丈を供述しているが,右供述も信用することが困難である。丙山は,平成7年10月18日付け警察官調書ではパーカーの裾の丈について何ら供述せず,色も青であると供述し,平成7年10月24日付け警察官調書では裾の丈は膝より上で,色は紺色であると供述している。丙山の平成7年10月18日付け警察官調書は,犯行翌日に作成されたものであり,記憶が鮮明な時期で,何らの偏見も持たずに供述したものと考えられるから,同警察官調書は極めて信用性が高いと言え,これと矛盾する公判供述の信用性は低いと言わざるを得ない。さらに,色の認識は視認時の照明状況に大きく左右される上,丙山の警察官調書自体がわずか1週間の間に青から紺と変遷していることからも,丙山の供述が間違いなく客観的事実を正確に供述しているとまでは容易く信用できない。そうすると,犯人の上衣の丈及び色は丙山供述からは認定できない。
(5) 丙山供述から認定できる事実
そうすると,丙山の供述の内,信用できるのは前記2通の警察官調書及び公判供述において一貫して供述する点に限られる。結局,丙山供述からは,犯人は中年で,身長175センチメートル前後,眉が濃く,頭髪が短く,パーカーとジャージズボンを着用していたことが認められるに過ぎない。右事実を以て被告人が犯人であると認定することはできないが,右犯人像は被告人と矛盾するものでもない。
(二) 丁野供述による犯人の特定(第4回公判調書中の丁野の供述部分,甲12)
(1) 丁野は,犯人について,身長が170センチメートルないし175センチメートルくらいで,黒っぽい,ジャージのような服装であったと供述している。また,スクーターに紙袋が載っていたかどうかは分からないとも供述している。
(2) 丁野供述から認められる事実
丁野供述から認められる事実は犯人のおおよその身長に過ぎず,何ら犯人を特定するものではない。
関係証拠(第4回公判調書中の丁野の供述部分,甲13)によれば,丁野が立っていた位置(ホテル○○西側出入口付近)から甲田が立っていた位置(△△公園西側出入口付近)までは,約40.3メートルの距離があり,甲田と犯人がホテル○○に向かう途中で丁野に最接近した位置でも約23.8メートルの距離がある。また,ホテル○○西側出入口付近から△△公園西側出入口付近までの間には,公園の街灯が1機,ネオンが2機,信号機が1機あるのみで,午後10時ころという時刻からすれば,丁野の視認状況は良好とは言い難い。売春婦である甲田が客とホテル○○に入ることは格別珍しいことではないこと及び右目撃状況からすれば,丁野は,既知である甲田は識別できたとしても,甲田と一緒にいた犯人及びその乗り物について的確な識別が出来なかった可能性も十分ある。丁野自身,バイクには疎く,ライトがついていたかどうかも覚えておらず,スクーターの色について,黒っぽいと供述したり,前の方が白ないしはベージュに見えたと供述したりしており,付近が暗がりだから黒く見えたのかもしれないとの供述もあることからもすれば,右可能性は高いとすら言える。すなわち,丁野供述からは前記認定した以上の犯人像は浮かび上がってこないのである。
したがって,犯人の服装,スクーターの色及び形状等については丁野供述からは認定できない。また,目撃したスクーターの前籠の有無が丁野供述の中に出てこないとしても,このことから犯人のスクーターに前籠がついていなかったとは認定できない。
(三) 戊谷三郎(以下「戊谷」という)供述による犯人の特定
(1) 戊谷は,平成9年7月24日,警察官に対し,以下のとおり供述している(甲22)
戊谷は,平成7年10月当時,前記△△公園の向いにある,福岡市中央区春吉<番地略>××ビル<番号略>号室に住み,自宅前に立って客を引いていた甲田の顔はよく知っていた。同月17日の夜,自宅で寝ていると年配の男の大声が5分間くらい続いたので,目を覚まし,テレビを見るとニュースステーションが始まっていたので,午後10時になっていた。窓を開けると,甲田がスクーターに乗った男と話していた。男は,年齢40ないし50歳くらい,体格は大きくガッチリしており,ヘルメットを被っており,服装は黒っぽかった,スクーターのステップ部分に大きな紙袋を1つ乗せていた。男は別れ際に甲田に対し,大きな声で,「じゃあ,また後で時間があったら来るから」と言っていたので,甲田の知人だと思った。男のスクーターは南の方向に走り去ったが,マフラーがやぶれているような大きく異常なエンジン音がした。
(2) 一方,戊谷は本件直後(平成7年10月19日)の警察官からの事情聴取に対しては,右調書と異なる内容として,以下のとおり答えている(甲128)。
甲田と話していた男は光沢のあるパイロットジャンバー様の服装で,男は,「じゃーあとで行くけん」と言い残して南の方向へ走り去った。その時刻は,ニュースステーションが始まる前だったので午後9時30分から40分ころだと思う。
(3) さらに,戊谷は平成7年11月6日の警察官からの事情聴取に対しては,前記調書及び右事情聴取時と異なる内容として,以下のとおり答えている(甲128)。
外からの大声で目を覚ましたとき,ニュースステーションが始まっていたので,もう午後10時になっていた。前かステップかよく覚えていないが,バイクに荷物をたくさん積んでいたような気がする。
(4) 戊谷供述において,犯人のスクーターに荷物ことに紙袋が載っていたか否かの点は,当初現われておらず,翌月の供述に至って初めて出てくるもので,しかも搭載場所も前かステップか分からず,荷物を積んでいたような気がするとの供述内容であるから,不明であると言わざるを得ない。
また,戊谷供述は,目撃時刻に関して,原始供述とそれ以降の供述で変遷している。戊谷は,同一のテレビ番組(ニュースステーション)の放映開始の前後で目撃時刻を特定しているのであるから,時刻に関する戊谷供述は信用性が高いとは言えない。したがって,戊谷が目撃した人物が犯人であるとまでは断定できない。
ただし,丁野が犯人を目撃しているのは間違いのない事実であるところ,戊谷の目撃した人物も丁野供述と大きな矛盾はないから,戊谷が目撃した人物が犯人である可能性は高い。
(5) 仮に戊谷が犯人を目撃したものとした場合,戊谷供述は右のとおり原始供述から変遷があるから,戊谷供述で信用できると認められるのは,目撃直後から一貫して供述している部分,すなわち,犯人である可能性の高い男が,スクーターに乗り,ヘルメットを被っていたこと,甲田と大声で立ち話をし,その後走り去ったこと,男のスクーターは,マフラーが破れたような異常なエンジン音を立てていたことに限られる。
(6) 結局,戊谷供述のうち,信用できる部分をもってしても,犯人が被告人であると特定するに足る事実を認定することはできない。
3 小括
血液型及びDNA型あるいは目撃者の証言ないし供述によっては,犯人と被告人が同一人物であるとは認定できない。
四 被告人方から押収された財布と被害者の所持していた財布との同一性
1 被告人方から財布が押収された事実(第5回公判調書中の庚町四郎の供述部分,第7回及び第8回公判調書中の己畑秋子の供述部分,甲43,44,66,平成10年押第178号の1ないし3)
(一) 平成10年1月14日,福岡市南区清水<番地略>※※荘××号の被告人方6畳和室南側壁際にある整理箪笥上段右側小引出(以下「本件小引出」という)内から,茶色革製2つ折り女性用で「UNITED POLO」と刻印の入った財布(以下「本件財布」という)及び本件財布在中の黒色革製ケース入りの爪楊枝40本が発見・押収された。本件財布は折り畳み部分の下の方が汚れており,現金は入っていなかった。同室からは,本件財布の他にも財布が発見されているが,2つ折りではなく,差し押さえるべきものとして捜索差押の許可がされたものとは全く同一性の認められないものであった。
(二) 弁護人は,捜査員が捜索差押の際に本件財布を本件小引出内に意図的に入れ込んだ可能性があると主張する。
本件小引出内からは本件財布のみならず財布在中の黒色革製ケース及び爪楊枝40本が押収されているところ,関係証拠(第6回公判調書中の甲田一郎の供述部分,甲71,72)によれば,甲田一郎は,捜査官に対し,本件直後ころの事情聴取の際,財布の事は供述したものの,黒色革製ケースについては被告人方捜索が行われるまで供述していないことが認められる。そして,捜査機関は黒色革製ケースを捜索の目的としていない(甲66)。捜査機関が証拠作出を意図していたとすれば,捜査機関にとって未知の黒色革製ケースを本件財布に入れるとは考えられない。そうすると,捜査機関が本件財布を意図的に入れ込んだ可能性は否定される。
2 財布についての被告人及び母親の供述(第7回及び第8回公判調書中の己畑秋子の供述部分,第3回公判調書中の被告人の供述部分,第16回及び第17回公判被告人供述,甲67,68)
(一) 被告人の母己畑秋子は,被告人が日常使用している財布としては,黄色及び黒色の小銭入れがあるが,本件財布は見たことがないと供述している。
己畑秋子は,1週間に1,2回,本件小引出を開けることがあり,平成10年に入ってからも,被告人が逮捕されるよりも前に本件小引出を開け,被告人の手袋を下の方に押し込んでしまったが,この時には本件小引出内には本件財布は無かったと供述している。しかし,本件小引出内には,本件財布のほか,雑貨が乱雑に詰め込まれており(甲43),本件財布の有無は意識的に確認しない限り記憶に残りにくいと考えられる。また,本件財布を本件小引出内に入れ込むとすれば,捜査機関,被告人,己畑秋子以外にはおよそ考えられず,前記のとおり捜査機関の可能性が否定されるから,平成10年に入ってから逮捕に至るまでの間に被告人が本件財布を本件小引出内に入れたのでない限り,逮捕前には本件小引出内に本件財布がなかったとの己畑秋子の供述は信用することができない。
(二) さらに,弁護人は,本件財布は,被害者の財布と同種のものを被告人が被害者以外の第三者から入手したものである可能性があるとも主張する。
被告人は公判で,自分は本件財布とは別の財布を持っており,その財布は本件財布よりも1.5倍くらい大きく,色も薄く,模様も異なると供述している(第3回公判調書中の被告人供述部分及び第16回及び第17回公判被告人供述)。また,黒色の革製ケースも持っていたが,蓋付きであったので,押収された黒色革製ケースとは異なるとも供述している。さらに,財布の中には楊枝入れと爪楊枝を入れていたと供述している。しかし,自己の財布は本件財布とは異なるものであると述べながら,「関係ない」と述べるのみでその取得経緯を明らかにしないなど,不合理な供述をしており,信用性に乏しい。したがって,弁護人の主張する右可能性はない。
3 被害者の所持していた財布との同一性(第6回公判調書中の甲田一郎の供述部分)
被告人方から押収された財布は,前記24で認定した生前被害者が使用していたものと外観が酷似しており,黒色革製ケースの外観も似ている。また,財布内に爪楊枝が入っているという点も右2つの財布の類似点として認められる。しかし,甲田一郎が公判で供述するとおり,被告人方から押収された財布が被害者の物に間違いないとまでは認められず,右の事実のみから被告人が犯人であると認定することは出来ない。
4 小括
右のとおり,被告人方から押収された財布は甲田の財布である可能性が高いが断定するに至らず,被告人が公判において財布が被告人方から押収されたことについて納得のいく合理的な弁解をすることができないでいることを考慮してもなお,被告人の自白を除くその余の証拠によっては被告人を犯人と断定することはできない。
五 被告人の捜査段階での自白の概要(乙3,5,6,10ないし13)
1 被告人は,平成7年10月17日午後9時50分ないし午後10時ころ,スクーターで本件犯行現場であるホテル○○付近を通った際,甲田を認め,停車した。被告人は,甲田が声を掛けてきたことにより,同女が売春婦だと分かり,当時現金2万円くらいを所持していたので,買春しようと思い,いくらですか,と同女に尋ねたが,同女に「私はあんたを見よっただけで立ちんぼうやない」と言われた。そこで,被告人はやむを得ず「そんなら気が向いたらまた来る」と言って立ち去ろうとしたが,約20メートル離れてスクーターを停車させたとき,甲田が自分を誘っているような気がしてスクーターを停めて,スクーターを歩いて押しながら同女の立っていた位置まで戻った。同所で買春の合意が成立し,被告人は甲田に買春代金1万7000円ないし1万8000円を支払い,午後10時10分ないし15分ころ,***号室に入室した。
2 同室内で,被告人,甲田の順に風呂に入り,被告人は風呂から上がった際,体を拭いて濡れたタオルを折り畳んで宮台の上に置いた。被告人及び甲田は裸でベッドの上に横臥し,陰茎が勃起していなかった被告人は,甲田に対し,コンドームを装着せずに口淫するよう求めた。しかし,甲田はこれに構わず被告人の陰茎にコンドームを装着しようとしたので,被告人は甲田からコンドームを取り上げて捨てた。被告人は再度同様に甲田に口淫を求めたが,甲田もまたコンドームを被告人の陰茎に装着しようと図り,怒った被告人はコンドームを取り上げて捨てた。被告人は甲田に対し,「何でせんとや。生で尺八せれ。」と大声で言うと,甲田は「やめた」と言って,宮台の上にあった濡れタオルを被告人の顔に投げ付け,服を着始めた。甲田に買春代金を払っているにもかかわらず,口淫・性交を拒否された上にタオルを投げ付けられた被告人は,甲田に対し「貴様たいがいにしやい。」「何もせんで帰るとなら金を返しやい。」と言ったところ,甲田がヒステリックにわめきだしたので,被告人は性交をあきらめて服を着た。先に着替え終わった甲田は,***号室備付けの電話で,ホテルフロントに電話をしていた。
3 被告人は甲田の態度に怒りを覚え,電話を終えた甲田の顔面を右手で1回殴り付けた。甲田と被告人との間で掴み合いの状態になり,その際,室内の植木鉢が倒れた。被告人と甲田とは掴み合いの状態のままテーブル付近に移動し,「女のくせに俺をなめるのもいいかげんにしろ。」「セックスもさせんで金だけ取って帰るつもりか。」「きたないやり方しやがって。許せん。」と思い,テーブル上に備え付けてあったガラス製灰皿で甲田の頭部を力一杯殴りつけた。この時,右灰皿が割れて破片が四方に飛び散り,甲田の頭部から血液が多量に噴き出した。被告人は,甲田の流血を見て興奮し,同女の腹部を蹴りつけ,同女は壁際に倒れた。被告人は,倒れた甲田の頭部,腹部,背中等を足で踏みつけ,さらに,「絶対許さん。死ねー。」という気持ちになって,テーブルを両手で持ち上げて甲田の体を7,8回殴りつけた。この時,テーブルの脚が1本外れ,被告人はなおも外れたテーブルの脚で甲田の頭部,顔面,胸部,背部等を少なくとも20回以上殴りつけたがこの時脚の先の方を持った。数分間殴った後,甲田の反応がなくなり死亡したことが分かったので,殴るのをやめた。この時,右手小指を見ると切り傷があり,出血していたのでタオルで傷口を押さえたような気もするが良く覚えていない。ソファーに座って暫く甲田の死体を見ていたが,又腹が立ってきたので折れたテーブルの脚で殴りつけたり,自分の足で何回か蹴ったりしたが,完全に死んでいたので直ぐにやめた。なお,植木鉢を持って甲田に投げ付けたような気もするけれどもよく思い出せない。性交をしていないので,甲田に払った買春代金を取り返そうと思い,同女のハンドバッグから茶色2つ折りの財布を取り出し,自分のバッグに入れた。その後,洗面所で手を洗って***号室のドアを開け,廊下に出た。
4 廊下に出た後,エレベーターに乗り1階に降りた。エレベーターから降りる際,他人に顔を見られたら困ると思い,後ろ向きのままエレベーターから出たが,この時右後方から「お客さん,もうお帰りですか。」と女性の声がしたので,顔だけを右後方に向けるとエレベーターの向かい側窓から女性が被告人を見ていた。初対面の女性だったので,逃げれば大丈夫だろうと思い,「何もなか,急ぎよるけん」と言って出入口から出た。ホテル○○を出たのは午後10時45分から午後10時55分くらいまでの間だと思う。帰宅した後,着ていた紫色のヤッケ,紺色のジャージズボン等を脱いで洗濯機に入れた。
六 被告人の捜査段階の自白の任意性について
弁護人は,捜査段階における被告人供述調書に関し,任意になされたものでない疑いがあると主張しているが,当裁判所は第14回公判期日において,任意に供述されたものと認めた。その理由は,平成11年8月2日付け決定書記載のとおりである。
七 被告人の捜査段階の自白の信用性について
1 自白に至る経過の検討
本件の発生日時は平成7年10月17日午後10時40分ころであり,関係証拠によれば,同日中に事件発生が警察に通報され(甲23),捜査機関により,現場の実況見分(甲35,36),丙山等ホテル○○従業員の供述調書作成(甲30,64),被害者の死体鑑定嘱託(甲8)等の証拠収集が行われていることが認められる。一方,被告人が逮捕されたのは平成10年1月14日であり,被告人は逮捕当初本件犯行を否認していたものの,平成11年8月2日付け決定書記載のとおりの経過で自白するに至っている。右自白に至る経過は,被告人が順次自己に不利益な事実を少しずつ認めるものであり,不利益事実を認めた部分の供述は,否認し続けることが困難であると被告人自身が判断したものであると認められること,一旦認めた自己に不利益な事実については供述内容に大きな変動はないことから,最終的な自白の信用性は高い。
なお,捜査機関は,被告人を逮捕した当時既に一通りの証拠収集を経ているから,手持証拠と合致する供述を得るために強引に被告人を誘導して取り調べて供述を強要することも可能である。
しかし,平成10年1月26日被告人自ら作成した「事実申立書」(乙33)は,殺害行為を認める内容でありながら,捜査機関にとって余りにも明白な被害者の殺害日時について,平成8年12月ころ,と客観的事実に反する供述をするものであることからすれば,捜査機関は被告人が虚偽あるいは勘違いを含んだ供述をしていることを認識しながら敢えてそのまま供述内容を書面化させたものと認められる。また,平成10年1月30日作成の警察官調書(乙5)は,ホテル内の状況について,記憶にない点は「覚えていない」と供述していること,右調書では被害者に口淫を求めたやり取りの中で被告人がコンドームをゴミ箱に捨てたと供述し,同月31日作成の警察官調書(乙7)では,コンドームは被告人がベッドの上に捨て,それを被害者がゴミ箱に捨てたと供述しているが,右の点は被告人又は被害者しか知り得ず,どちらが捨てたとしても客観証拠に反するものではないことからすれば,取調べにあたって,捜査機関が被告人にその記憶に反する供述を無理に曲げさせる強引な誘導をしたとまでは認められない。
2 自白内容と客観的事実との整合性
(一) 前記のとおり,***号室内には広範にわたってガラス製灰皿の破片が飛散している。被告人の自白は,ガラス製灰皿で,立っていた甲田の頭部を殴りつけた際,「手にガクっと手応えがあり,1発で灰皿が割れて破片が四方に飛び散りました。」(乙5)というのであり,右客観状況と合致する。
(二) 甲田の外傷には,挫創,挫裂創,打撲傷,擦過傷,圧迫傷,圧挫傷がある。これらの成傷器としては,硬い鈍体,鈍体,鈍的外力があるが,前記のとおり,硬い鈍体はガラス製灰皿,テーブル,テーブルの脚と考えられ,鈍的外力としては手拳による殴打ないし足底による踏みつけが考えられ,鈍体としては両者が考えられる。さらに,右各成傷器の使用方法としては,挫創,打撲傷は殴打が,圧迫傷及び圧挫傷は押しつける行為,擦過傷は押しつけた上でずらす行為が考えられる。
被告人は,ガラス製灰皿で甲田の頭部を1回殴打し,テーブルを両手で持ち上げて甲田の体を7,8回殴りつけ,テーブルの脚で甲田の頭部,顔面,胸部,背部等を少なくとも20回以上殴りつけ,被告人の足で頭部,腹部,背中等を踏みつけたと供述している。また,テーブルで殴りつけているとき,途中からテーブルがずいぶん重く感じられたとも供述しているから,甲田の身体上にテーブルを乗せた状態になったり,その状態からテーブルを引っ張ってずらすようになることも十分考えられる。したがって,右自白内容は甲田の成傷状況と矛盾しない。
甲田の外傷のうち,硬い鈍体が作用して出来たもの(合計19個)の各創傷の長さと,テーブルの脚についている金具等の大きさを照らし合わせてみても,テーブル及びテーブルの脚が凶器であっても客観的状況に矛盾するものではない。ガラス製灰皿破片の複数に血痕が付着しているとしても,頭部は極めて血流の多い部分であるから,頭部を1度殴打しただけでも灰皿に血痕が付着することも十分考えられる。したがって,右各創傷の全てがガラス製灰皿を成傷器とするとは断定できず,灰皿で甲田の頭部を殴ると,1回で割れたとの被告人供述(乙5,12,33,34)は何ら客観的証拠に矛盾するものではない。
(三) 血痕の状況との一致
***号室内には,前記のとおり広範に血痕が飛散している。
(1) 甲田の死体の下腹部及び大腿部付近床に付着した血痕について
前記のとおり,甲田は,肋骨骨折を惹起する外傷を受けるまでは死亡しておらず,移動する可能性も有る。そして,肋骨骨折に関連する外傷は鈍的外力が作用したというのである。被告人の自白によると,まず頭部をガラス製灰皿で殴り,頭部から血が噴き出して倒れた後,テーブル,テーブルの脚で殴るほか,被告人の足で踏みつける暴行を加えたというのである。したがって,頭部が床に接して流血している状態になった後,死亡に至るまでの間は甲田の身体は自律的に移動することも考えられる。そして,この時被告人が興奮状態であったことにかんがみると,甲田の身体が30センチメートル程度移動したとしても認識しないことも十分考えられる。よって,被告人の自白内容に甲田の身体の移動が供述されていなくても,客観的状況に矛盾するものではない。
(2) ソファー北東隅の血痕について
ソファー北東隅には血痕が付着している。この点,被告人の自白によれば,被告人は暴行を加える途中,疲れて一旦ソファーに座って甲田の身体を見ていたというのであるから,この時にソファーに血痕が付着することも考えられる。したがって,被告人の自白を前提としてもソファーの血痕の付着状況に矛盾はなく,弁護人の主張するように,甲田の頭部がソファーに衝突したと考える必要はない。
(3) ベッドカバー下方西側角部分の血痕及び北側枕の圧迫皺及び血痕について
ベッドカバー下方西側角部分に血痕が付着しており,外側よりも内側の方が血痕の付着量が多いことは明らかであるから,犯行中ベッドカバー下方部分がめくれていた時間があったと認められる。その後再びベッドカバーが元通りの状態にされたことも認められる。また,ベッド北側枕カバーに圧迫皺及び血痕付着があり,犯人が犯行開始後に枕に座るなどした可能性がある(甲35)。
一方,被告人は,ベッドカバー下方部分をめくった,あるいはめくれたベッドカバーを元通りにしたとの供述をしていない。また,被告人は,枕カバーについて,甲田の血が付いたのではないかと思う,と曖昧な供述をしているにとどまる(乙9)。
証拠上明らかな事実のうち,犯行の性格を一変させ,犯情に重大な影響を及ぼすことの明らかな事実については,捜査官が当然被告人を追及し供述を求めたと考えられ,また真犯人であれば当然言及してしかるべきである。右のような事実につき被告人の自白中に説明が欠落している場合には,自白内容の信用性を疑わせる事情と考えられる。しかし,右のような事実以外の事実については,自白中に言及されていなくても,自白の信用性を疑わせる事情であるとまでは言えない。
ベッドカバーの血痕,枕の圧迫皺及び血痕は,犯行前後ないし逃走時の付随的行動に関する事実に過ぎず,捜査官が当然追及するであろう事実とは認められない。また,捜査官から供述を求められなくても犯人が当然供述すべき事実とも認められない。
したがって,ベッドカバー内側の血痕並びに北側枕の圧迫皺及び血痕について被告人の自白に明確な説明が無くても,自白の信用性に影響を与えるものではない。
(四) 被害者以外の血痕の存在との一致
前記のとおり,***号室遺留のタオルからは,甲田の血液の他,犯人のものと認められる血痕が検出されている。被告人は,甲田を殴打している最中(乙5)及び部屋を出る際(乙12),右手の小指の傷口をタオルで押さえたような気がすると供述し,また,枚数についても3枚かもしれないと供述している(乙9)。被告人の右供述は,右タオルから犯人の血痕が検出されていることと矛盾しない。
(五) 被害者の財布との一致
被告人は,財布について以下のとおり供述している(乙5,6,8,12,13)。
被告人は,犯行終了後,甲田のハンドバッグの中から,茶色2つ折りの財布を取り出して持ち帰った。翌日,財布の中身を確認すると,1万円札が1枚,千円札が10枚くらい及び黒いサックに入った爪楊枝20ないし30本が入っていた。被告人は,現金のみを取り,黒いサックや爪楊枝は財布に入れたまま整理箪笥の右側1番上の引出に入れた。財布の大きさは,2つ折りの状態で10センチメートル四方で,中央部に模様が入っていた。
右供述内容は,甲田の所有していた財布の形状に関する関係各証拠と矛盾しない。
また,甲田は平成7年10月17日ホテル○○に入る前に4000円ないし5000円を所持していたこと,ホテル代として3300円が支払われたことが認められる(第6回公判調書中の甲田一郎の供述部分,甲25,71,72)。そうすると,甲田に買春代金1万7000円ないし1万8000円を支払い,最終的に甲田の財布内に2万円前後の現金が入っていたとの被告人の自白内容も関係各証拠と矛盾しない。
なお,被告人は,犯行当時の所持品について,茶色のバッグを携帯していたと一貫して述べている。一方,前記信用性の極めて高い丙山の平成7年10月18日付け警察官調書によると,犯人は袖の中に両手を引っ込めていたことが認められ,その後の丙山供述の中にも犯人がバッグを所持していたことは全く現れてこない。
被告人所有のチャック付きバッグ(平成10年押第178号の12)はビニール製で,被告人方から押収された革製2つ折り財布(平成10年押第178号の1)を中に入れた上で2つに折り畳むことが出来,その状態で紫色パーカー(平成10年押第178号の7)の前面腹部ポケットに収納することが可能である。そうすると,被告人は丙山にバッグを発見されずに丙山の前を通り過ぎることが可能であり,被告人の自白内容は証拠上認められる事実と矛盾するものではない。被告人の供述には,バッグをどのような状態で部屋から持ち出したかが現れていないが,右事実も捜査官が当然追及すべき事実とは考えられないから,供述に現われていないことをもって自白内容の信用性が否定されるものではない。
(六) 目撃供述との一致
(1) 丙山供述との一致
被告人は前記のとおり,犯行当時の服装について,紫色の帽子付のヤッケ及び紺色のジャージズボンを着ていた,と供述している。
当公判廷における検証によれば,被告人が,その所有する紫色パーカー(平成10年押第178号の7)を着た状態での裾の位置は,膝蓋骨上端から28ないし29センチメートルである(弁5)。
弁護人は,丙山供述におけるパーカーの丈と被告人所有パーカーの丈が符合しないと主張しているが,前記のとおり,丙山供述からは,犯人は中年で,身長175センチメートル前後,眉が濃く,頭髪が短く,パーカーとジャージズボンを着用していたことが認められるに過ぎないから,被告人の供述は,右丙山供述に矛盾するわけではない。したがって,パーカーの裾丈に関する丙山の供述から,犯人と被告人とは一致しないとは認め得ない。
また,前記のとおり,丙山供述からはパーカーの色を認定することができないから,パーカーの色に関する被告人の自白と丙山供述の不一致は,被告人の自白の信用性を否定するものではない。
なお,被告人は検察官に対しては,犯行時の服装について,「紫の帽子付のヤッケか,草色の帽子付の半コートのような上着のどちらか」と供述している(乙11,13)。しかし,警察官に対しては,一貫して紫色の(帽子付)ヤッケを着ていたと供述しており(乙2,4ないし6,8),何らの説明もなく突然草色の帽子付半コートのような上着との供述が出てくることからすると,右検察官調書の供述内容は,検察官による誘導の可能性が窺われる。したがって,服装に関する被告人の自白のうち,信用できるのは,一貫している紫色パーカーを着ていたとの供述であると認めるのが相当である。
(2) 丁野供述との一致
被告人の前記五1で認定した自白内容は,犯人及び甲田の行動状況に関する丁野の供述と矛盾しない。
丁野供述から認められる犯人のおおよその身長及び服装も,被告人と矛盾しない。また,前記のとおり丁野供述からは犯人のスクーターに前籠が付いていなかったとは認定できないから,被告人のスクーターに前籠が付いていても(甲58),丁野供述と矛盾するものではない。
(3) 戊谷供述
前記のとおり,戊谷も犯人を目撃した可能性が高い。そして,戊谷はバイクのエンジン音に関しては,一貫してマフラーがやぶれたような異常な音がしていたと供述している(甲22,128)ところ,この点に関する戊谷供述の信用性を疑うに足りる事情はない。
関係証拠によれば(甲57),被告人は平成4年12月28日にスクーターを購入したこと,平成9年1月初めには,被告人がバイクが走らなくなったといって原動機付自転車の販売修理店にスクーターを持ち込んだこと,その時,被告人のスクーターはマフラーがつまり,プスプスという感じのエンジン音であったことが認められる。一方,被告人が平成7年10月前後ころスクーターを修理に出した事実は,証拠上認められない。
犯人のスクーターのエンジン音が,戊谷にとって異常な音であると聞こえたとしても,丁野は何ら異常があった旨を供述しておらず,戊谷と丁野とで供述が一致しないように,音に関する供述はそもそも極めて主観的なものである。右の事情に加え,本件当時,被告人のスクーターは,購入後約3年を経過しており,エンジン音が多少大きくなることも考えられること,被告人のように大きな体格の人間が50CCのスクーターに乗ってスピードを出すとエンジンの傷みが早いこと,走行に支障がない限り直ちに修理するとは限らないこと,発進する際にはエンジンをふかして大きな音をたてることもあることからすれば,犯人のスクーターのエンジンは,多少大きな音を立てていたとしても,戊谷が供述するほどの異常な音ではなかった可能性もある。
また,戊谷は,平成7年11月16日の事情聴取に際しては,「前かステップかよく覚えてないが,バイクに荷物をたくさん積んでいたような気がする。」と犯人のスクーターに前籠が付いていた可能性を示唆する供述をしており,戊谷供述からも犯人のスクーターに前籠が付いていなかったとは認定できない。
以上のとおり,戊谷の供述する人物と被告人とは矛盾するものではない。
(七) その他
弁護人は,被告人の自白内容は客観的状況と矛盾する点を多々含むので信用できないと主張するので,以下順に検討する。
(1) 被告人は自白当初,被害者から投げ付けられたタオルを宮台上に置いたと供述し(乙5),最終的には放り投げたと供述している(乙12)。弁護人はこの点を捉えて供述の変遷の理由がないとする。確かに,タオルは宮台の南側に放置され,被告人の自白を前提にすると,被告人が寝ていた位置からタオルが放置された位置までは160センチメートル前後の距離がある(甲35)。したがって,「置く」ことは確かに無理である。しかし,放り投げるといっても僅僅かな距離であるから,当初「置く」と表現することも十分考えられ,不合理な供述の変遷とは評価できない。
(2) 次に,植木鉢が当初の位置から大きく移動していることは間違いのないところである。弁護人の主張するように,被告人の自白には右植木鉢を用いた暴行について曖昧な説明しかない。しかし,曖昧ながらも客観状況に矛盾しない供述をしている。犯人が当時,興奮状態であったと考えられること,犯行から自白に至るまでの時間の経過等を勘案すると,右の点の説明が曖昧であることをもって信用性に疑いを生じるものではない。
(3) 被告人は,検察官に対しては,凶器であるテーブルの持ち方について,「テーブルの2本の足の真ん中あたりを両手で持っ」たと供述する(乙12)。一方,被告人は,警察官に対しては,「テーブルを両手で持ち上げて」と供述しており,持ち方は供述していない(乙5,7)。次に,壁に当たった部分については,検察官に対しては「テーブルの足が側の壁にぶつかった」と供述し,警察官に対しては「テーブルの足かテーブルが,何回か壁に当たり」(乙5)「テーブルの足が壁や床にも当たり」(乙7)と供述している。このように,被告人の自白内容はテーブルの持ち方に関し変遷があるが,テーブルの足が被告人の身体の外側又は内側のいずれに向いていても,脚が折れることは有り得るし,壁に傷がつくことも十分考えられ,テーブルの角及び脚のいずれの部分も塗料の剥脱が認められるから,自白内容と客観的状況が矛盾するとまでは言えない。
3 自白内容の合理性
(一) 売春交渉について
弁護人は,売春婦である甲田が客を取るのを断るとは考え難く,さらに,一旦断られた被告人が再度甲田と買春交渉するために引き返した行動過程も理解不能であると主張する。この点,甲田一郎の供述(甲71,72)によれば甲田は客として気の優しそうな一見サラリーマン風の男を選び,ごっつい労務者風の男は避けていたのであり,被告人の風体からすれば甲田が一旦拒絶したのも納得できる。また,甲田夫婦は度々野宿をするなど,経済的には余裕がなかったのであるから,甲田は客を取りたかった状況下にあったと認められる。そうすると,甲田がやむを得ず被告人を客としてとることも了解不可能ではなく,被告人の自白内容が不合理であるとはいえない。
(二) 動機について
被告人の自白によると,本件犯行の動機は,被告人が買春代金を支払った客であるにもかかわらず,甲田が被告人の意に添う口淫・性交方法に応ぜず,被告人にタオルを投げ付けたばかりか,支払い済みの買春代金の返還要求にも激しく言い返してこれに応じなかったことに腹を立て,掴み合いになった末,殺意を抱くに至ったというものである。右自白内容は,了解可能である上,甲田の気性が激しく,通行人に大声で文句を付けたり,買春客に対する文句をよく言ったりしていたとの丁野供述(甲12)にも合致する。したがって,弁護人の主張するように犯人と甲田とが以前からの知人であると考える方が自然であるとはいえない。
4 裏付け証拠
(一) 本件財布から指紋が検出されていないこと(甲110)
本件財布からは,甲田の指紋が検出されていない。しかし,本件財布からは,被告人の指紋はもとより,その他の者の指紋も検出されなかったのであるから,右事実をもって,甲田の財布か否かを認定することは出来ない。同様に,本件財布が被告人方から押収されたものでないとの疑問を抱かせるものでもない。
(二) 被告人の着衣から血痕が検出されていないこと
被告人の着衣から血痕が検出されたとの証拠は提出されていない。被告人の母己畑秋子は,被告人は自らは全く洗濯せず,全て母親が行い,母親は洗濯物を色分けをしてポケットの内容物の有無を一応確認する,と供述している(第7回及び第8回公判調書中の己畑秋子の供述部分)。一方,被告人の自白によれば,被告人の犯行当時の服装は,赤色を基調とした柄模様入りシャツと紺色のジャージズボン,軍足,パーカーである。そして,シャツ,ジャージズボン,パーカーに関しては被告人が確認した限りにおいて血液の付着が認められなかったというのである。シャツの色が赤く,紺色のジャージズボンも色が濃く,パーカーは殴打途中には着ていなかったというのであるから,右自白内容は合理的である(乙4,6,13)。また,自白内容に軍足の血痕付着に関する供述が現われていないことから,軍足にも,目立った血液の付着はなかったと考えられる。したがって,これらの衣類に付着していたかもしれない血液を,被告人の母親が気付かなかった可能性も高い。そうすると,被告人の着衣の血痕に母親が気付かなかったとしても,自白内容の真実性に疑問を入れるものではない。
5 秘密の暴露に近接した事実の説明
(一) 事実申立書の記載(乙33)
事実申立書は,被告人が自ら作成し,初めて犯行を直接認めた書面である。右事実申立書には,「女の人は私の左側に寝て尺八をするけんと言ってそして小声で持って行くか,飲んで持っとくような事を急に言いだして,すると私がそんな話しは気いてなかったと言いました。」との記載がある。右記載内容の意味は不明確であり,捜査機関が右供述部分の記載内容を誘導したとは考えがたい。右記載内容を合理的に解釈しようとすれば,手淫及び口淫に関する記載であると考えるほかないが,このような意味不明の記載が存在すること自体,右事実申立書が被告人の自発的な意思によって書かれたことの証左であるといえる。これに加えて,右事実申立書作成以降の被告人の供述調書は,被告人と甲田との間に,性交前の口淫に際しコンドームの装着に関して諍いがあったことを詳細に説明しているが,関係証拠(証人壬村五郎12回及び13回)によれば,捜査機関は,現場にコンドームが2個遺留されているのに,いずれも精液が付着していないことに疑問を持っていたことが認められる。そうすると,被告人は捜査機関に不明であった諍いの生じた原因を事実申立書で記載し,その後の取調べで諍いの内容を具体的に供述する中で精液が付着していないコンドームが2個遺留されていた理由を説明したのであるから,右事実申立書は極めて信用性が高い。
(二) 宮台上の濡れタオル
***号室宮台上に放置されたタオルは濡れていた(甲35)。
この点,被告人は,「私は以前から毎日,寝る時,枕元に濡れたタオルを置き,夜,頭が痛くなったり,目が疲れたりした時に,顔に被せる等して冷やす癖があるのですが,この時も濡れタオルをベッドの枕元にある台の上に置きました」(乙5)と供述している。一方,被告人の母親は,平成7年10月ころは被告人にはタオルを枕元に置く習慣は無かったと思うと供述しており(第7回及び第8回公判調書中の己畑秋子の供述部分),本件当時に被告人に右癖があったか否かは捜査機関に不明の事実であったと認められる。
そうすると,被告人の濡れタオルを枕元に置くという癖に関する被告人の供述内容は,客観的事実と合致する上,信用性が高いと認められる。
八 アリバイの不存在
被告人は,平成7年10月17日午前7時30分から午後4時45分まで,福岡市東区箱崎埠頭<番地略>JR福岡貨物ターミナル駅構内○○株式会社福岡市店JRコンテナ事業所にて日雇人夫として就業し,翌18日は同所では就業していない(甲50,52,54)。その他,被告人が本件当時にホテル○○以外の場所にいたと認めるに足る証拠はない。
九 結論
被告人の自白が信用でき,右自白によれば,犯罪事実は優にこれを認定することができる。
(累犯前科)
一 事実
平成4年6月5日福岡地方裁判所宣告
傷害罪により懲役1年
平成5年5月5日刑の執行終了
二 証拠
前科調書(乙16),判決書謄本(乙28)
(適用法令)
罰条 包括して刑法199条
刑種の選択 有期懲役刑
累犯加重 刑法56条1項,57条,14条(再犯)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑理由)
被告人は,売春をしていた被害者に避妊具を装着しない状態での口淫を執拗に求め,被害者が口淫・性交共に拒絶した上に売春代金を返還せずに帰ろうとしたことに腹を立てて本件犯行に及んだというのであって,犯行動機は極めて短絡的で,酌量の余地はない。
本件犯行態様は,まずガラス製灰皿で被害者の頭部を殴り,腹部を蹴りつけて,続いて倒れて動かなくなった被害者を多数回足蹴りし,重さ約10キログラムものテーブルで頭部・胸部等を殴り,テーブルの脚が折れるとなおもその脚で更に殴り続け,全身に合計約40か所もの外傷を生じさせたものであって,極めて執拗で残忍極まりない。
右のような執拗な攻撃を受け,最後は死に至った被害者の肉体的苦痛は極めて大きかったものと考えられる。また,被害者は,結核で働けない夫と二人きりの生活を売春行為により経済的に支えていたのであり,被害者の夫の精神的苦痛も多大なものである上,経済的困窮も無視できない。このように犯行結果は重大であるにもかかわらず,遺族に対する慰藉の措置は何ら講じられていない。被害者の夫は公判において犯人に対しての強い憎しみを訴えているが,至極当然である。
被告人は多数の粗暴犯前科があり,規範意識の鈍麻には顕著なものが認められる上,公判において不合理な弁解に終始して犯人性を争い,犯行を全く反省していない。
右の事情からすれば,被告人の刑事責任は重大である。
一方,本件犯行は衝動的なもので,計画性は認められないこと,性交を拒否しながら,売春代金を全く返還しなかった被害者の言動も犯行を誘発する一因になっていること,本件犯行前は真面目に働いていたこと等被告人にとって有利な事情も存するが,右事情を考慮してもなお,主文の刑はやむを得ないものと判断した。
(裁判長裁判官・陶山博生,裁判官・重富朗,裁判官・進藤光慶)
別紙1
番号
部位(cm)
大きさ(cm)方向等
損傷の程度
成傷方法・成傷体・創傷の種類
頭部・顔面及び頸部
1
頭頂部左寄り
1.4長
創底は皮下組織
硬い鈍体が作用。挫創
2
頭頂部左寄り(1傷後下方)
1.4長
創底は皮下組織
硬い鈍体が作用。挫創
3
左耳介上方
3.6長
頭蓋骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫創
4
左耳介上方(3傷下方)
2.0,4.7及び3.0長
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫裂創
5
左耳介後上方(3傷後方)
1.7長
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫創
6
左耳介後上方(4傷後方)
1.5長
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫創
7
左側頭部後側から後頭部左寄りにかけて
12.0長
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫裂創
8
後頭部左寄り(7傷後方)
4.0長
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫創
9
左耳介後方
1.8長
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫創
10
左耳介後下方から項部左寄りにかけて
8.0×6.0範囲
頭骸骨骨折を来す
硬い鈍体が作用。挫創及び打撲傷
11
右耳介上方
1.5長
創底は皮下組織
硬い鈍体が作用。挫創及び打撲傷
12
前頭部から顔面ほぼ全域にかけて
鈍的外力が作用。打撲傷
13
前頸中部やや右寄り
1.0長
硬い鈍体が作用。擦過傷
14
前頸中部右寄り
3.7長
硬い鈍体が作用。擦過傷
15
前頸部ほぼ正中
1.7,4.5及び5.0範囲
頸部筋層に出血
鈍体が右上から左下方向に向かい移動するように作用。擦過傷。
16
前頸部ほぼ正中から左側頸部にかけて
12.5長,0.4幅
頸部筋層に出血
鈍体が押さえつけるように作用。圧迫傷
胸部
17
左胸鎖関節下部
3.5×4.5
肋骨骨折に関連
鈍体が押さえつけるように作用。圧迫傷
18
胸骨部上部
7.0×3.5
肋骨骨折に関連
鈍的外力が作用。打撲傷
腹部
19
胸骨部下部
5.0×5.0
肋骨骨折に関連
鈍体が押さえつけるように作用。圧迫傷
20
心窩部
小指頭面2倍大範囲
鈍的外力が作用。打撲傷
21
臍周囲部
12.0×8.0
腸間膜損傷に関連
鈍的外力が作用。打撲傷
22
下腹部
3.0×7.0
鈍的外力が作用。打撲傷
左上肢
23
上腕中部外側後面寄り
7.0×7.0
鈍的外力が作用。打撲傷
24
前腕上部手背側
0.8長
鋭利な辺縁を有する物体が作用。切創
25
手関節部手背側から手背面
示指頭面大範囲以下
鈍的外力が作用。打撲傷
右上肢
26
肩関節部前面
示指頭面大
鈍的外力が作用。打撲傷
27
肩関節部後面上方
3.0×2.5
硬い鈍体が作用。打撲・圧挫傷
28
上腕後面上寄り
1.0×1.5
鈍的外力が作用。打撲傷
29
上腕前面中部
示指頭面大
鈍的外力が作用。打撲傷
30
肘頭部小指側
8.0×3.5
鈍的外力が作用。打撲傷
左下肢
31
膝関節部前面中部内側寄り
母指頭面大
鈍的外力が作用。打撲傷
32
下腿前面中部内側
12.0×2.5
硬い鈍体が作用。打撲・圧挫傷
右下肢
33
大腿基部前面外側寄り
3.0×6.0
鈍的外力が作用。打撲傷
34
膝関節部前面やや内側上方
米粒大
硬い鈍体が作用。圧挫傷
背面
35
左肩甲部
3.5×3.5
硬い鈍体が作用。圧挫・擦過傷
36
右肩甲部
8.0×4.5
硬い鈍体が作用。打撲・圧挫傷
37
肩甲間部下方ほぼ正中付近
30.0×4.0
硬い鈍体が作用。擦過傷
38
左側背部肋骨弓付近
4.0×0.7及び4.5×0.7
硬い鈍体が作用。擦過傷
39
腰部ほぼ正中
17.0×10.0
鈍的外力が作用。打撲傷
40
臀部ほぼ正中
6.0×6.0
鈍的外力が作用。打撲傷
別紙2
骨折群
頭蓋骨
左頭頂骨,左側頭骨及び後頭骨左寄り
陥没骨折
後頭骨左寄り,左側頭骨から蝶形骨左寄りに至る範囲
骨折
左肋骨群
第2肋骨及び第5肋骨
肋軟骨接合部付近で各々1箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
第3肋骨及び第4肋骨
肋軟骨付近で各々2箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
第3ないし第12肋骨
後腋窩線上で各々1箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
第2ないし第4肋骨及び第6ないし第8肋骨
椎体関節付近で各々1箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
右肋骨群
第2ないし第6肋骨
肋軟骨接合部付近で各々1箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
第7ないし第10肋骨
前腋窩線上で各々1箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
第8ないし第11肋骨
椎体関節付近で各々1箇所斜骨折
骨折周囲の軟部組織に出血を伴う
損傷群
心臓
心膜前方下部
1cm長損傷
胸腔と心膜腔とが連絡
左心房心耳部
5cm長損傷
肺動脈起枝部
1.5cm長損傷
内腔と心膜腔とがつながる
左右肺
胸膜
離断。実質が露呈した損傷十数か所
周囲実質に出血を認めるものと認めないものとが混在
腸
腸間膜
10cm長離断
周囲軟部組織に出血
《参考・2審判決》
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役9年に処する。
原審における未決勾留日数中560日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人岩城邦治提出の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官安田博延提出の答弁書に,各記載されているとおりであるから,これらを引用する。
そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
一 犯罪事実の存否に関する論旨について
論旨は,要するに,原判決は,被告人の捜査段階における自白は,任意になされたものとして証拠能力を認め,その自白の内容も他の関係者の供述や客観的証拠等により十分補強されており,信用できるとして,被告人を有罪としているが,被告人の捜査段階における自白は,任意性,信用性に疑いがあり,かつ,補強証拠も薄弱であるから,被告人を有罪とすることはできないのに,自白を証拠として採用し有罪の認定をしている原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反及び事実の誤認がある,というものである。
しかしながら,被告人の捜査段階における自白の任意性に疑いを差し挟む余地はなく,また,その自白の内容についても,特に不自然,不合理な点はなく,他の関係者の供述とも概ね符合し,客観的証拠とも特に矛盾するところはなく,十分に信用できるものであることが認められ,補強証拠に欠けるところもない。そして,被告人の自白を含む原判決挙示の各証拠によれば,被告人が本件犯行を行ったことを優に認めることができ,当審における事実取調べの結果によっても右認定は左右されない。以下,所論にかんがみ補足して説明する。
1 所論は,被告人の捜査段階における自白は,捜査官の誤導を契機として始まり,その後の自白も,当時,精神分裂病もしくは慢性的覚せい剤使用による精神病状態にあった被告人に対し,捜査官が理詰めの尋問や誘導に基づいて得たものであって,任意性がない旨の主張をする。
しかし,原審記録によれば,被告人が否認から犯行現場に立ち入ったことを認める供述をするに至ったのは,被告人が自己の血液を採取された後に捜査官から血液を調べたら誰の血か分かる旨言われたことが契機となっていることが認められるが,これをもって捜査官が被告人の自白を得るためにことさらに誤導したものとはいえないことは明らかであり,その後の自白についても,関係証拠から認められる取調状況やその供述経過等にかんがみると,それまでの取調状況から被告人が否認し続けることが困難であると自ら判断した部分について,少しずつ自己に不利益な事実を承認していったものであることが認められ,捜査官が理詰めの尋問や誘導により,被告人の意に反する供述を得たものとは認められない。また,原審記録を細かく検討しても,捜査当時,被告人が所論のいうように防御が困難な精神状態にあったり,迎合して供述するような状態にあったとは認められない。
なお,被告人は,当審及び原審公判廷において,捜査官から連日激しい暴行を加えられ,自白せざるを得ない状態にあった旨供述している。しかし,被告人が逮捕・勾留された後,ほぼ連日のように接見に来ていた捜査段階における被告人の弁護人らが作成した書面(当番弁護士報告書,面会表,接見メモ)には,被告人が供述するような捜査官の暴行についての記載は全くなく,原審記録を検討しても,被告人の供述を裏付けるような証跡は見当たらず,被告人の右供述は到底信用できない。
2 所論は,被告人の自白には信用性がなく,これを裏付けるべき補強証拠が十分でない旨主張する。
しかしながら,被告人の捜査段階の自白は,迫真性の感じられる詳細かつ具体的なものであり,特に不自然,不合理な点はないばかりか,原判決の指摘する多数の情況証拠によりその信用性が補強されているから,自白の補強証拠に欠けるところはなく,その信用性は十分であり,自白及び情況証拠から,被告人が本件犯行を行ったことを優に認めることができる。
すなわち,まず,被告人の自白は,犯行直後の犯行現場であるホテルの室内の状況(室内にあった灰皿,木製テーブル,同テーブルの脚,植木鉢の破損状況,被害者の血痕の飛散状況等),被害者の受傷状況と符合している。そして,被告人の犯行であることを示す情況証拠として,原判決が詳細に認定しているとおり,(1)犯行現場に遺留されたタオルに付着していた血液のうち,被害者以外の者(犯人)の血液型及びDNA型が被告人のそれと一致していること,(2)被告人を逮捕した際,被告人の部屋のタンスの引き出しから被害者が所持していた財布と同一のブランド,同型,同色の財布が発見され,右財布の中には被害者が常に入れていた爪楊枝が入っていたこと,(3)さらに,ホテルのフロント係である丙山夏子や本件犯行当日,犯行現場であるホテル付近で通行中の男性に売春の斡旋をしていた丁野二郎,本件犯行当時,ホテル近くのマンションの2階に居住し,本件犯行時刻ころ,自宅のベランダの窓から被害者と男性との会話の状況等を目撃していた戊谷三郎の各目撃状況から,犯人と認められる男性の体格,服装,顔の特徴(眉,頭髪等の状況)や乗車していたバイクの特徴等が,被告人の当時のそれとおおむね一致するものであることなどが認められ,情況証拠からも被告人の犯人性が強く裏付けられている。そして,被告人の自白は,犯行の現場や被害者の状況のみならず,これらの情況証拠とも符合しており,信用性が十分と認められる。以上を総合すれば,被告人が本件犯行の犯人であることを認定するに十分である。
所論は,原判決が指摘する補強証拠は,被告人が自白する以前に既に存在していたものであり,被告人の自白を契機として新たに発見された証拠は特になく,現場に遺留されていた被害者以外の者(犯人)の血痕の血液型及びDNA型が被告人のものと一致すること,犯行前に被害者と話しをしていた男性や犯行直後にホテルの部屋から出てきた男性を目撃した者らの供述からは,犯人と被告人が同一であるとは断定できないことなどから,被告人の自白は十分補強されておらず,信用性がない旨主張する。しかし,被告人の自白から新たに発見された証拠がないからといって,それだけで,自白の信用性がないとはいえず,本件では前示のとおり被告人の供述の任意性に疑問の余地はなく,虚偽の供述をするような状況も見当たらないことからすれば,自白により新たに発見された証拠がないからといって,これに信用性がないことにはならない。また,自白を除いた情況証拠のみから犯人と認定できるかどうかということと,自白の補強証拠として十分かどうかということとは全く別の問題であるから,所論のようにいうことはできない。
3 その他,弁護人が主張するところをつぶさに検討しても,原判決には所論のような訴訟手続の法令違反ないしは事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
二 責任能力の欠如をいう論旨について
論旨は,要するに,被告人は,最終前科の犯行当時から精神分裂病もしくは慢性的覚せい剤使用による精神病状態にあり,本件犯行当時も,右精神病状態が相当程度悪化してきており,是非善悪を弁識する人格的適性を欠如していたことから,被告人には責任能力がないのに,被告人の精神病状態についての問題を看過し被告人には完全な責任能力があるとしている原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。
関係証拠によれば,確かに,本件犯行態様が,極めて短絡的かつ執劾,残忍であり,爆発的な行動をとる傾向がみられる上,時々独り言を言ったり薄笑いを浮かべるなどやや奇異にみえる言動があることなどの通常人とはやや異なる言動があることが認められる。しかしながら,本件犯行の動機等は通常人の心理をもってしても十分了解できるものであり,妄想や幻覚などによる犯行でないことは明らかである。また,右のような被告人の普段の生活状況において,やや変わった行動をとるところがないではないにせよ,それは日常生活には格別支障のない程度のものであって,当審において新たに取り調べた前回の傷害被告事件における精神鑑定書のいうように被告人が病的な状態にあり,それが器質的な要因による可能性を否定できないとしても(被告人は昭和49年から昭和59年にかけて覚せい剤取締法違反の罪で4回懲役刑に処せられており,以前の覚せい剤使用の影響による器質的変化の可能性等も否定できない。),その程度は比較的軽いものにとどまると認められる。なお,被告人の精神状態が前回の裁判時より悪化しているとの所論に沿う事情も見出せない。以上によれば,本件犯行当時,被告人は,通常人に比較して是非善悪を弁別する能力又はこれに従って行動する能力が多少減弱した状態にあった疑いは残るものの,これが欠如した状態ないし著しく減弱した状態にはなかったものと認めるのが相当である。論旨は理由がない。
三 量刑についての職権判断
右二の論旨にかんがみ,職権で原判決の量刑について検討する。
本件は,被告人が,いわゆるラブホテルにおいて,売春婦である被害者と性交渉を持とうとした際,避妊具を装着せずに口淫することを求めたところ,被害者がこれを拒否し,さらには被告人に文句を言って売春代金を返還することなく性交渉をせずに帰ろうとしたことに激昂し,部屋にあったガラス製の灰皿で被害者の頭部を殴打するうちに殺意を抱くに至り,多数回にわたって被害者の全身を足で踏みつけたり,木製テーブルや同テーブルの脚で乱打するなどの暴行を加え,被害者を全身の体表及び体内損傷に基づく外傷性出血により死亡させて殺害したという事案である。その犯行態様は,現場の状況や被害者の受傷状況から明らかなように,激しく執ようなもので,残忍といわざるを得ないし,その動機も短絡的である。このようにして突然命を奪われた被害者の肉体的苦痛や無念さは察するに余りあり,また,被害者によって生活を支えられていた病身の夫の精神的苦痛も大きく,厳しい処罰を求めているのも十分理解できる。にもかかわらず,被告人は,被害者の遺族らに対し何ら慰籍の措置を講じていないばかりか,原審及び当審公判廷において,不自然,不合理な弁解に終始し,反省の情を示していない。さらに,被告人は,昭和49年以降平成4年までの間に,覚せい剤取締法違反の罪により4回懲役刑に処せられた(いずれも服役)ほか,傷害,暴行,暴力行為等処罰に関する法律違反の各罪により罰金刑に2回,懲役刑に4回(いずれも服役,うち1犯が累犯前科)処せられたにもかかわらず,最終刑の執行終了から約2年5か月後に本件犯行を敢行しており,規範意識の乏しさや,粗暴な性向が認められる。これらの点に照らせば,被告人を懲役12年に処した原判決の量刑はやむを得ないものとも考えられる。
しかしながら,原判決も指摘するように,本件犯行は,被害者が被告人の要求に応ぜず性交を拒否しながら,被告人が支払った売春代金を返還しなかったという事情が契機となって生じた偶発的なものである。加えて,当審で取り調べた前回の傷害被告事件における精神鑑定書からも,責任能力に影響を及ぼす程のものでないことは明らかであるとはいえ,前示のとおり,通常人とやや異なる人格的な側面があることがうかがわれ,情性の乏しさや爆発性等についても器質的要因が全く関係していないとはいい切れないところがある。これらの点を併せ考慮すれば,原判決の量刑は,いささか重きにすぎるものというべきである。
四 破棄自判
よって,刑事訴訟法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用し,当裁判所において更に次のとおり判決する。
原判決が認定した犯罪事実に原判決と同一の法令を適用し(刑種の選択を含む),その処断刑期の範囲内で被告人を懲役9年に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中560日を右刑に算入し,原審及び当審における訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・小出錞一,裁判官・若宮利信,裁判官・古川龍一)
主文
被告人の警察官調書9通(検乙2号ないし10号),検察官調書3通(検乙11号ないし13号)を証拠として採用する。
理由
第一 弁護人の主張
弁護人は,被告人の警察官調書(9通,検乙2ないし10),検察官調書(3通,検乙11ないし13)は,いずれも任意性のない供述であるから刑事訴訟法322条1項但書により,これを証拠として採用することは出来ない,と主張する。
第二 当裁判所の判断
一 記録(逮捕状,勾留状,起訴状)によれば,被告人は,本件公訴事実と同一性を有する被疑事実により,平成10年1月14日に逮捕,同月16日に勾留され,同年2月4日に勾留中のまま起訴されている。
二 右逮捕より起訴に至るまでの,証拠上明白な被告人の供述の経過は以下のとおりである。
1 逮捕当日である平成10年1月14日には,菅藤弁護人の示唆により,取調べには応じない旨の警察官調書が作成されている(検乙29)。
2 同月18日には,本件犯行の現場である福岡市中央区春吉<番地略>ホテル○○(以下「ホテル○○」という)付近に売春婦が立っていた状況を示す図面を作成した(検乙30末尾添付図面)。
3 同月20日には,本件被害者である甲田花子と類似した容貌(検甲5参照)の売春婦がホテル○○付近に立っていたことを示す図面を作成した(検乙30末尾添付図面)。
4 同月21日には,福岡市中央区春吉(以下「春吉」という)一帯に売春婦がいることは知っていたが,①同所付近のホテルに入ったことはなく,②同所付近の売春婦を買ったこともない,③本件当時の勤務先である福岡市東区<番地略>JR福岡貨物ターミナル駅構内○○株式会社福岡支店JRコンテナ事業所(以下「○○」という)の指示により春吉を避ける通勤路をとっていたから,本件当時春吉付近を通ったことはない,④懇意にしていた酒屋の奥さんから本件の数日後,スクーターに乗った男が事件を起こしているので,巻き込まれるのを避けるため春吉付近には行かない方がいい,と言われて,初めて春吉で何か事件があったことを知ったが,自分は春吉に行ったことはないから関係ないと思っていた,⑤平成8年10月ころに福岡市博多区中洲の福岡松竹映画館の宣伝用看板を見に行ったとき,12,3年ぶりに春吉を通った,⑥春吉近辺にあるホテルヒルトンの前の交差点には,平成8年10月ころ点滅式の信号機があった等,本件当時に春吉付近に立ち寄ったことを否認する供述をしていた(検乙30)。
5 平成10年1月22日には,同日より2年前の11月ころ,川で釣りをしている人を見物する間スクーターが盗まれるのを避けるため,ホテル○○の敷地内にスクーターを駐車した,ホテル○○の斜め向かい路上に売春婦が立っており,声を掛けたものの,所持金では売春代金を支払えないと考え,帰ろうとした,しかし,同女が自分を誘っているように見えたので同女のところに戻って,二人で歩いてホテル○○の敷地内に入り,同所にスクーターを停めて話をした,この日がホテル○○の事件の日であったような気もする,と供述している(検乙31)。
6 同じく平成10年1月22日には,同7年10月か11月ころ,公園の前に立っていた売春婦とホテル○○に行き,※※※号室に入った,帰るときは1人でエレベーターを降り,建物から出た,と供述するものの,***号室内での出来事の供述を拒絶している(検乙32)。
7 平成10年1月26日には,ホテル○○付近の路上で代金1万7000円を支払って売春婦と同ホテル***号室に行き,性交しようとしたが,コンドームを陰茎に装着せずに口淫することを要求すると拒絶され,もめ事になり,最終的に売春婦を殺害したこと,殺害日時については同8年12月ころであること,を内容とする「事実申立書」と題する書面を被告人自ら作成している(検33)。
8 平成10年1月27日には,ホテル○○で被害者甲田花子を殺害したこと,その日時は逮捕被疑事実と同じく平成7年10月17日に間違いないことを供述するに至っている(検乙34)。
9 そして平成10年1月28日以降,被告人が犯行を全面的に認めた詳細な供述調書が作成されている(検乙2ないし13)。
三 壬村五郎の公判供述の信用性について
被告人の取調べを担当した警察官壬村は,公判で,被告人の供述経過につき詳細な供述をしているが,壬村の供述内容は証拠により認められる前記被告人の供述経過とほぼ合致する。
壬村は,被告人が春吉近辺に立ち寄ったことはない旨供述したため,被告人がその理由として挙げた事情について裏付け捜査をしたこと,右裏付け捜査により,○○から被告人に対して,通勤路に関する指示はされていなかったこと,前記の懇意にしていた酒屋には,被告人は本件直後から来ておらず,同酒屋の人間が春吉の方でスクーターに乗った男が事件を起こした旨の話を被告人にしたことはないこと,被告人の供述する信号機は,平成8年当時には点滅式ではなく定時式であったことが判明したので,被告人に右裏付けをしたことを示して被告人に供述内容の真偽を糺したところ,被告人が本件現場付近に立ち寄ったことを認めるに至ったと供述する。このような被告人の供述変更の経緯は合理的であると考えられるのみならず,○○から被告人に対して通勤路に関する指示がなかったことは,証拠上明白であること(検甲53)から,この点についての壬村の公判供述の信用性は高いといえる。
さらに,壬村は,公判で,「逮捕当初,被告人が平成7年10月当時のみならず,今まで春吉には行ったことがない,同所に売春婦がいることも知らない,と供述していた。一方,被告人は暴力団▲▲会に以前出入りしていたことは認めており,その旨の身上関係の供述調書を作成した。▲▲会は春吉の売春婦からみかじめを取っていた暴力団なので,被告人の供述が矛盾していると追及したところ,平成10年1月16日ころには,被告人の供述が平成8年秋ころであれば春吉に行ったことがあるという内容に変遷した。」旨供述している。
壬村の右の供述も,前記被告人の供述経過と矛盾せず,自然な供述の流れであること,▲▲会に出入りしていた旨の供述調書が作成されている(検乙1)こと,被告人も公判で,逮捕当初,被疑事実につき「知りません」と述べたと供述しており,壬村の供述内容と矛盾しないことからして,これを信用することができる。
また,被告人から血液が採取されたのは平成10年1月17日であるが(検甲91),壬村は,公判で,被告人から同日以降同月22日以前に,「血液を調べたら誰の血か分かるのですか」と質問され,これに対し「調べたら誰の血か分かるよ」と答えたことがあり,右やりとりが大きな契機となって被告人がホテル○○***号室に入ったことを認める供述を始めたと供述する。このような被告人と壬村とのやりとりから,被告人が採取された自己の血液と現場採取血液との比較対照により犯人を特定できると考え,壬村に対し,それまでの供述を翻して,現場に立ち入ったことを認めるに至り,ついにはそれが全面自白へのきっかけとなったのは,極めて自然かつ合理的な経緯であるとして,首肯することができ,壬村の右供述もまた信用性が高いというべきである。
四 被告人の公判供述の信用性
被告人は,公判で,自白するに至った理由として,①勾留期間中,5日くらい,午後11時過ぎまでの深夜に及ぶ取調べがあり,自白するまでの段階で最も早く取調べが終わった日でも午後10時以降まで取調べがあった,②取調べ担当警察官から,毎日30回ほど,顔を相撲の張り手のように押されたり,壁際に立たされて後ろから頭を押されて顔を壁に押しつけられたりして,一時脳震盪を起こしたような状態になる等の暴行を加えられたりしたほか,1回,手首に痣が付くほど手錠を引っ張られたり,取調べ中,片手錠をはめられたままの状態であったりしたこともあった,そのようなことから,暴行に耐えきれず,早く取調べを終わらせるため自白したと供述している。
しかしながら,被告人が公判で供述するように,連日にわたる深夜にまで及ぶ取調べと,捜査官の暴行に耐えきれず,早く取調べから解放されたかったというのであれば,被告人は,捜査官の誘導にしたがって,まず概括的にしろ一気に全面的な自供をし,徐々に犯行細部にわたる供述をするという経過を辿るのが自然であると考えられる。ところが,被告人の供述経過は,現場に立ち寄った経験も含めた全面的な否認,犯行現場周辺に立ち寄った事実の承認,犯行現場であるホテルの敷地内に売春婦と立ち入った事実の承認,犯行現場であるホテル○○の***号室への入室の事実の承認,逮捕被疑事実と日時を異にしたホテル○○***号室での殺害行為の承認,犯行日時を含めた逮捕被疑事実の全面的な承認,というものであり,順次自己に不利益な事実を少しずつ認めるものである。右のような供述経過を辿ること自体,被告人自身が,否認し続けることが困難であると自ら判断した部分についてのみ不利益事実を承認して,徐々に自白に至ったものであることが認められる。
そして,被告人は,公判で,「暴行の件は1回言えば充分であると考えたので1回しか弁護人には訴えなかった。弁護人は,被告人が捜査官の暴行を訴えたときにはメモを取っていた。」などと供述する。ところが,証拠(弁2,3,4)によれば,被告人の逮捕,勾留中,ほぼ毎日のように接見に来ていた捜査段階における被告人の弁護人らが作成した当番弁護士報告書,面会表,接見メモには,被告人の供述する暴行のうち,顔を張り手のように押されたり,壁際に立たされて頭を押されて顔を壁に押しつけられたりして脳震盪を起こしたような状態になったなどという訴えに関する記載は全くない。そして,弁護人らが被告人から,このような激しい暴行の事実を聞いていたとすれば,当番弁護士報告書等に録取していないはずはないと考えられるのみならず,弁護人らが捜査官に対して苦情を申し立てたような形跡をうかがわせる証拠はない。
そうすると,自白をせざるを得ないような激しい暴行が捜査官から加えられたという被告人の公判供述は,これを到底信用することができない。
また,逮捕・勾留期間中,被告人が午後11時を過ぎて留置場に入場したのは,平成10年1月16日と1月20日の2回だけであって,午後10時を過ぎて入場した日を合わせても,合計7日であること(検甲96,99),前日の取調べにより就寝時刻が遅くなった場合,翌日の起床時刻を遅らせる就寝補完措置が取られていること(検甲99,101)からすると,取調べ時間については,被告人が公判で供述するような連日にわたって深夜にまで及ぶ過酷な取調べが行われてはいないことが明らかであって,この点に関する被告人の公判供述もまた,これを信用することができない。
他方,被告人が公判で供述するような手錠に関する暴行等の事実については,それらを否定する壬村の公判供述があるだけであり,両者の供述のいずれが信用できるかに関しては,決め手となる証拠がないので,一概に被告人の公判供述を排斥することはできないが,仮に,そのような暴行等の事実が存在したとしても,前記認定の被告人の供述経過にかんがみると,それが被告人の自白の原因になったとは到底考えられない。
五 結論
よって,被告人の検察官調書,警察官調書は,その供述が任意にされたものであると認められるので,刑事訴訟法322条1項により,主文のとおり決定した。
平成11年8月2日
(裁判長裁判官・陶山博生,裁判官・重富朗,裁判官・進藤光慶)